能登半島地震、建物をたてるという事について
2024年もよろしくお願いいたします。
2024年は元日から、大変な地震災害が発生しました。
令和6年能登半島地震で被災された方々へ、お見舞い申し上げます。
まだ余震や停電が続いているという事ですので、1日も早く生活が安定する事をお祈りすると共に、自分に出来る事をしていきたいと思います。
このような事が起こった後に「建物の耐震性が…」という話しをするのも、複雑な思いがありますが
やはり書くべきかなと思い、建築に携わる者として考えを改めて書いておこうと思います。
構造についての考え
棲栖舎桂の建物は【許容応力度計算】(きょようおうりょくどけいさん)という、
2階建ての住宅においては法律で義務付けられていない構造計算を
2017年の創業時から自主的に行っています。
原則自社にて構造計算ソフトを使用して計算を行い、
スキップフロア等の自社で対応出来ない複雑な構造の建物については、
構造計算を専門とする構造設計事務所に外注して構造の安全性を確認しています。
※構造計算をして確認する耐震等級2・3には
・【許容応力度計算】による耐震等級2・3
・【性能表示計算】(一部簡易的な計算)による耐震等級2・3
の二種類あるので注意が必要です。
下記のピラミッドが分かりやすいです。
【構造塾】という佐藤実先生が開催している構造計算の勉強会に2016年から通い勉強してきました。
当時はzoomセミナーというものが無く、名古屋の会場まで行き半日の勉強会に井垣大工と通いました。懐かしい。笑
今ではオンラインで講習が受けられるので、スタッフも全員受講して勉強しています。
建物の役目とは
建物(棲・巣)に求められるものは
雨風や外敵から身を守り生物が安全に生活を営む場所をつくる事が先ず第一だと考えます。
危険を回避し安全を確保した上で、
更に上の欲求である【快適性】や【利便性】や【美的感覚を満たすデザイン性】
等が求められてくると思います。
その安全性を確保する為にはどのように建物をつくるべきか、日々勉強を続けています。
熊本の震災で築二年の新築住宅が倒壊してしまっている資料を見ました。
全棟で許容応力度計算をしている会社は全棟が損傷無し、もしくは軽微な補修で住み続けられているという資料もあります。
これらの結果からも、かかる費用や時間が現実的な選択肢の中では
許容応力度計算が最も安全性を担保出来ると判断しています。
一個人や一企業が主張する「工法」や「商品」は、個別に安全性の検証や判断は難しいです。
更には「ベテラン職人や業界人の経験と勘」にも客観的に信用出来る根拠はありません。
では日本につくられている建物の中で、第一優先である安全性をしっかり検討されている建物はどれぐらいあるのでしょうか。
…と、ここから長文で建築業界で実際にあった納得いかない事を書き殴っていたのですが、1日寝かした結果削除しました。
他者の批判的な内容になるのは書いている側も読む側も気分が良くないなと思いまして…。
ここに書く事で業界が劇的に良くなる訳でもないので、何か別の方法を考えます。
気になる方はお会いした時にまた聞いて下さい^^;
建築をたてる事で生じる責任
構造塾の佐藤先生から教えていただいたのは
「耐震性が悪い建物は、お隣や周囲へも迷惑をかける」という事です。
もし建物が倒壊してしまった場合、その瞬間に建物は「震災瓦礫」になってしまいます。
道路へ倒れて道を塞げば
緊急車両の通行を阻む「障害物」となり、
隣の建物に倒れ込めば隣家の
安全を脅かす「凶器」になりかねません。
こういった事からも「建築する」という行為には責任が伴います。
100%周囲に迷惑をかけない保証は出来ないかもしれませんが、
出来る事は検討して万全を期すべきではないでしょうか。
プロとして建築を請負いする建築業者は言わずもがな、です。
震災が起こった後の生活を想像してみる
「万が一、震災が起こった後の…」と書きかけて、万が一の文言を消しました。
必ず起こると考えておかなければいけないと思います。
今回の震災の後、下記の動画を見直しました。
京都大学 2020年度退職教員最終講義 鎌田 浩毅 (人間・環境学研究科 教授)
地震・噴火・温暖化は今後どうなるか?
まだ試聴した事が無い方は是非一度ご覧下さい。
YouTube概要欄のリンクから資料もダウンロード出来ます。
この動画の中で鎌田先生は
「2035年を中心に±5年、2030〜2040年の間に東南海トラフ地震は確実に起こる。規模は東日本大震災の10倍。」
と言い切っています。
勿論起こらない可能性もいくらかあるのでしょうが、鎌田先生は被災者となる可能性のある方に備えをしておいてもらう為に、敢えて分かりやすく言い切っているのでしょう。
そして、個人的には2030年台に南海トラフ地震は現実に起こるだろう。と想定して物事を考えています。
仮に2030年台にこの地域に大地震が起こるとして、
その時にはどのような生活になるでしょうか。
私が自分の関わる建物で目指したいのは
1.建物の被害
理想:無被害もしくは軽微軽微な一部損壊
下限:建物倒壊は免れて命を守る(半壊)
2.震災の後の生活
理想:震災前と大きくは変わらない生活を送れる
下限:避難生活はしなくても済む(半壊)
(地震による損傷が理由での避難。津波等の被害は厳しいかもしれませんが…)
大きくはこの2点を理想に近づけたい、という思いがあります。
そうする為には
1.建物の被害縮小はとにかく許容応力度計算
繰り返しになりますが、これに尽きます。
それ以外の商品や工法はプラスアルファであって、今の世の中で一番信頼性の高い根拠のある構造計算で安全性を確認しましょう。
許容応力度計算以外の商品や工法にも、確かに有用なものもあるのでしょうが、
提供する側から聞きかじった情報を鵜呑みにするのは危険です。
耳障りの良い言葉を安易に信じて裏切られた場合、被害を受けるのは自分と家族です。
有識者が検証を繰り返している許容応力度計算を用い、安全性を担保した設計をするのが一番リスクが少ないと考えます。
2.震災の後の生活について。
これに関しては【建物の断熱・気密性】が大きく関わると考えています。
今回の地震でも停電が続いています。
幸い建物の倒壊は免れたとしても、電気が不通で物資も足りない中で時期が冬だとすると、寒さとの闘いになるはず。
引渡し済の方は身をもって体感していただいているので良くお分かりかと思いますが、断熱気密がしっかりしていると明け方まで無暖房でも極端に温度は下がりません。
昼間日射があれば25度前後まで室温が上がり暖かさを感じられます。
これは、建物の構成を
【断熱を盛り盛り、空調機器は最小限で快適に】
というスタンスで建物をつくっているから。
最近増えてきた全館空調の建物で多くみられる
【断熱はそこそこ、太陽光発電や空調機器を盛り盛りで快適に】
では停電した際の無暖房の時の室温は下がってしまいます。
地震被害の程度によっては、断熱材が痛んだり
建物に隙間が生じる事は有るでしょうが
軽微な損傷であれば充分効果は発揮してくれるはずです。
断熱を盛り盛りで設備を小さくしているのは、災害時の為だけでは無く
普段も下記のような利点があるからです。
・カーボンニュートラルを考えて消費エネルギーを出来る限り少なく
・電気代が上がる程、イニシャル(建築費用=断熱)をかけてランニング(電気代)を減らした方が有利
・機械はいつか壊れるので更新が必要。断熱は壊れないので一生働いてくれる
更に今回のように電気が使えない災害時に、体を休める事が出来る環境をつくってくれる利点は大きいですよね。
建物の断熱性と気密性について
地震の震災についての話しからは少し逸れてしまいますが、家族の健康や命に関わる大事な話しです。
住まい手から高い断熱性能を求められた時に
「北海道じゃあるまいし、三重でそんな断熱いりませんよ。過剰です」
と答える建築会社がたくさんあるようです。これはハッキリ言って根拠の無い思い込みです。
下の資料を見てください。
①
②
CPAとは【入浴中心肺停止状態】のことです。
↓原因はこの資料のように温度差ですね。
①は都道府県別で冬に死亡者の増加率が多い順に並べたグラフです。
三重県は何と5位。
②は都道府県別で高齢者1万人あたりにお風呂で心停止された方の件数。
こちらも三重県は12位。
全国的に冬に亡くなられる方がとても増える県なんですね、三重県は。
「北海道じゃあるまいし、三重では過剰ですよ」という人は、何を根拠に三重ではそこまでの断熱はいらないと言いきっているのでしょうか。三重にいたら冬も寒くないのでしょうか?
家の断熱性の話しをしているのに、なぜ外気温の低さだけを比べて勝手に曖昧な感覚で判断しているのか理解不能です。
では逆に、①と②のグラフで
【冬亡くなる人が増えず、お風呂で心停止する人が少ない都道府県】はどこでしょうか。
まず沖縄はイメージ通りですね。
冬の寒さが少なく室内の温度が下がりにくいのだと推測します。
気になるのは次です。
沖縄と同じように冬に亡くなる人が増えない場所、北海道や青森という結果になっています。
三重では過剰ですよオジサンが言う、寒い代名詞である北海道では、冬に人が亡くなる人数は全国トップクラスに増えていません。
つまり、北海道の家は寒く無いという事です。
なぜかというと断熱や気密がしっかりしているからですね。
三重県など中部圏の住まいで冬に亡くなる方が特に増えないのなら今のままでも良いかもしれませんが、
事実、三重県では冬に亡くなられる方が明らかに増加している訳です。
それなら北海道のように断熱して建物内の温度差を無くさないといけないのでは無いでしょうか?
三重県までのCPA件数が多い県に色を付けるとこうなります。
ほとんど中部以西です。
僕の予想では、この原因は「うちの県では過剰ですよオジサン」のせいです。
もし、建築を考えている方で過剰ですよ病にかかりかけている方がみえたら、このタイミングでもう一度よく考えてみて下さい。
ハッキリ言いますが、全く過剰では無いです。
むしろ全然足りていないです。
耐震も断熱も出来るだけやりましょう。
こんな資料もあります。
三重は12~14度
北海道は真っ赤ですね。素晴らしい
と言いつつ、2024年1月9日の我が家の寝室は10度切っていました。
(今は事務所近くの地元ビルダーが建てた築10年未満の戸建賃貸に住んでいます。今年には建築がスタートする予定なので来年には暖かい新居に移っているはず…。笑)
我が家(賃貸)の温湿度計データ。
室内の空気が冷た過ぎて、起きたら鼻の中が痛かった…。
実は日本の建物の温熱環境は先進国の中でかなり劣っています。
ヨーロッパ諸国どころか、お隣の中国や韓国でも法律で禁止されているような低い性能の窓が主流で使われているのが日本の建築業界の現状です。
信じられないかもしれませんが、事実です。
「日本の普通」は世界的に見たら「異常な程に低レベル」な現実を、先ずはしっかり認識する必要があります。
何より、朝起きた時や浴室への出入り、夜中のトイレ等
冬でも温度差が無く体が縮こまらない生活は本当に快適です。
住まいが快適だと、寒い外も気持ち良く感じられます。
子どもも寒い家で暮らしているより外で遊ぶようになる(かも?笑)と思います。
建築について
建築費用が高騰しているので、イニシャルコストが上がる仕様は採用が難しいのもよく分かります。でも、あえて言わせて下さい。
おそらく家族が一番長い時間を過ごす棲処です。
出来るだけ安全を守れる確率を上げましょう。
出来るだけ快適に、万が一の時でも出来るだけ安心して過ごせる住まいにしましょう。
コスパ良く、の考え方もよく分かりますが(僕も門外漢な分野はそう考えてしまいがち…)
そのコストパフォーマンスは、今の時代のこの瞬間だけ切り取った数字では無いでしょうか?
建物は少なくとも50年60年は利用して欲しい、
僕は手を入れながら100年使ってもらうつもりで建物をつくっています。
今のタイミングで考えるコスパは、30年後にみつめ直した時にも辻褄は合うでしょうか。
30年経つと世の中はガラッと変わっています。
(iphone3Gの発売が16年前、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件が29年前)
メンテナンス費用も考えないといけない、電気代も上下するし、税制だって変わっているかも(炭素税等始まっているかも?)、そしてその住まいに愛着を持って長く付き合っていけるかも重要です。
そもそも論として、家族を守れなければコスパもクソも無いでしょう。
(言葉悪くてすみません)
ちなみに60年以上使用していただく前提で、私達が建てる建物はトップクラスにコストパフォーマンスが高いと考えています。
その価値基準で建物の仕様を構成しています。
ただ、本当に辛い事にこの3~4年で建築費用が高騰し、
そういった建物を建てたくても予算計画的にどうしても建てられない!
というケースも有ると思います。
その場合は、【既存建物のフルリノベーション】という選択肢を検討してみるのはいかがでしょうか。
骨組みに近いところまで一度めくって、耐震補強と断熱気密をやり直します。
この住まいも築50年の建物をフルリノベーションして
日本エコハウス大賞のリノベ部門で賞をいただいた事例です。
内外とも、一般の方は言われなければリノベか新築か分からない仕上がりになったと思います。
こういった方法であれば、
充分な住環境を資金計画の範囲内で実現する事が可能な場合も有ると思いますし、
実際そういった計画が現在も複数件進行中です。
ただし、どうにも手の施しようの無い
「これはリノベの方が高くついてしまいますよ…」
という建物もあります。
見に行きますので、一度ご相談下さい。
また、既存の空き家を所有していない方は、
再利用に耐えうる物件を時間をかけて一緒に探す事も出来ます。
この分野はまだまだ発展途上、というか全く整備されていない部分なので、今は狙い目かもしれません。
再生出来る物件が資産価値ほぼ0円として、解体前提で売りに出ている事もあり得ます。
終わりに
地震の事から始まり、長くなってしまいました…。
まだまだ書きたい事はある、というか色々と書いたけど削除してこんな感じです。
まだまだ伝えたい事があるので、時間がある方は聞きに来て下さい。笑
とにかく一番伝えたい事は
あなたや家族や社会の為に
今の日本の常識や普通と言われる建物よりも
遥かに良いものをつくりましょう
ということ。
僕は誰に何と言われようと、そのつもりであなたの建物をつくります。
何の為に建物をつくるのか。一緒に本気で考えてみませんか。